ボンネットの中
車検を目の前に、ウォッシャー液が切れてどうしようかなぁ~と思っていたんです。
母が「入れたらいいやんね」と言ったんです。
「えーだってそんなんわからんもん。違うとこ入れてどーかなったらどーするん」て私は言ったんです。
母は「はぁ?ウォッシャー液くらい入れきらんでどうするかい」と鼻で笑って、格好良くキャップを開けて注ぎました。
なぜなら、
車のボンネットを初めて開けた瞬間、何かに似た快感を思い出したから。
自分で解決する喜び。
愛車に手を掛ける喜び。
自ら行った達成感…
こ、これは!… D I Y ‼︎
なんと言うことでしょう。あれだけ親友と楽しんだDIYやのに。こんなに日々皆さんに熱く呼びかけているのに。
ぁぁ、私って、まだまだやわぁ~
それで思ったんです。
私は車のことなんかわからないし、興味があるのは他のことだし、自分でなんとかする発想に至らなかったわけです。
きっと大勢にとって、家もそうなんだよな。
家のことなんかわかんないよな。
こうしたいなぁ、なんとかせななぁ、とは思っても考えるのは施工賃で、自分で直すなんてなかなか思えないよな。
道具から用意するのは面倒だし、重たい材料を運ぶのも大変だし、塗装すると汚れるし、、、やりかかるまでが大変だ。
それが今の当たり前ですものね。
昔、発展途上の頃、新しい便利なものを目にしてみんながいろいろなものに興味津々でした。
興味を持つことで、簡単な修理が自分で出来たり、安全な扱いができたり、物への愛着も持てるだろう。
機械が発達して、量産され、その便利さが当たり前の現代では、物が出来るまでの過程やその発想などへの興味が薄れているように思える。
あって当たり前になってしまった。
母のように、女ながらボンネットの中の事を知っていたり、お父さん達が日曜大工や機械を直したりしていたように、ではなく「DIY」という言葉ができるほどに、身の回りのもの達に手を掛けることは特別になってしまったんだな。
家に長く住まう為には、時折メンテナンスをしてあげることが不可欠です。
持続可能な循環型の家を選ぶことも、地方創生も、豊かな地球を守ることも、まずは価値観が変わるところから始めなければならない。
流行り廃りではダメだから、根本的な価値観を変える意識改革だ!
だけど価値観は、ある一瞬で変わるものでもある。変わってしまえば、丸くおさまるだけのこと。
ボンネットを開ければよいのだ(*^^*)
これから私は窓を余計に綺麗に心掛けるだろう。笑